Snow*dAnce Macabre

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足跡があった


 代わり映えのしない景色。足音は薄い雪の絨毯に吸い込まれて消えていく。
 どこもかしこも瓦礫だらけで、漆黒の雪(ミアスマ)に汚染されたこの場所には、草木さえも育つことはない。あらゆるものが単彩色に染まった、無機質で、異質な空間だ。
 静寂にも飽きてきた僕は、話題を探す。さっきリオンが何か喋っていたっけ。聞き流していた言葉を巻き戻し記憶を辿る。
「場所が場所だから、仕方がないよね。騎士団だって、汚染区域には近づきたくないだろうし」

「……遅えよ、返答が。今どき魔導通信機でもそんな遅延しねえぞ」
「黒雪症の発症者も増えてきているし。最近はマモノも目立つよね」
「わーってるけどさぁ。めんどくせーもんはめんどくせーって」

 ”異変対策ギルド《ヴァレンテ》”。調査隊、第三班。
 それが僕らの肩書きだ。

 この世界には、死を招く終焉の雪が降る。
 それは単に黒い雪とも、瘴気とも呼ばれているけれど、正しくは”漆黒の雪(ミアスマ)”と名前が付けられている。
 いつからか世界を侵食しはじめたこの雪は、十年前、あるひとつの街に惨劇を引き起こした。
 雪が大地を黒く染め上げて生命を枯らし、生物を喰らっては怪物を生み出す。怪物は怪物を生み、大地を喰らう、──悪循環。
 この世界の至るところで、あるいは、この廃都レスクヴァも、そうして死んでいった大地のひとつだった。
 少しずつ、少しずつ、それは僕らの世界を蝕んでいるのだ。
 異変対策ギルド《ヴァレンテ》とは、この漆黒の雪(ミアスマ)がもたらす異変に対抗するために存在する。

「騎士団は、異変に関わることをしないから」

 尤も、あの大厄災から十年。今ではあらゆるものが死に絶えて、ここにはもう息をするものは何もなくなってしまった。
 鎮魂都市。死者を弔う為に作られた慰霊の都市は、本当の意味で、街自体が墓場となってしまったのだ。

「ハッ。ビビってんじゃねーよ。天下の王宮騎士団がよ」

「ははは。まあ、気持ちはわかるけどさ……──ん?」
「おわっ!? 何だ、またか……?」

 僕らが視界の端に違和感をとらえたのは、同時だった。
 崩れた家屋の隙間からはみ出しているのは、
 黒い人間の下半身だ。瞬間、僕らは身構える。

 近づくほどに、その形が鮮明になる。
 真っ黒だと思われたものは、衣類の色だった。よく見れば黒一色というわけでもなく、
 太股まであるニーハイブーツと短いパンツの間には肌色が露出しているし、膝まである外套のふちには、金糸のラインが見え隠れしていた。

 うごうごと蠢く黒い下半身の傍らの壁には、立てかけられた大斧と、その柄にはよく見慣れたセピア色のキャップが引っかけられている。
 その大斧は、木を切る為の一般的な道具ではなく、戦闘用に特化した、いわゆる戦斧というもの。
 真鍮の基盤に、ほの青く光る動力装置と、大きな歯車が目立つ、機械仕掛けの魔導武器──僕のものとは型こそ違えど、ヴァレンテ隊員に支給されている武器のひとつで。
 同じく調査隊第三班に属するそこの下半身……もとい、

「……何をしているんだい、アプフェル」

 彼女、アプフェルの持ち物だった。
 声をかけると、ぴくんと反応して、一瞬アプフェルは動きを止めた。
 ややすると、もぞもぞと瓦礫の下から這い出してきて、やがて彼女は全身を見せる。
 いつもの眠たげな眼差しをこちらに向けて、よっこらせ、と掛け声をつけたくなるような動作で立ち上がり、片方の手で、肩にかかる程の鈍色の髪を無造作に整えて、置いていたキャップを被りなおす。
 まるで時間の流れが彼女だけ遅れているかのような、ゆったりとした動きだ。
 羽織っただけの外套の隙間から覗く胸元には、彼女の動きにあわせてゆったりと揺れて、これでもかというほどに存在を主張してくるものがある。
 彼女はマイペースに一通りの動作を終えると、もう片方の手に握られたものを、僕に向かって差し出すのだった。

「……これは?」

 ころん、と僕の手の平を転がる。
 黄金色の…ボタンだ。

「どうせ金貨と間違えて拾ったんだろ。まったく、犬じゃねーんだから」

 間髪いれずに、『スパンッ』と気持ちのいい音がした。哀れリオン、余計なことを言うからだ。

 確かに一見すれば金貨のような形ではあるが、一回りは小さい。
 ボタンにしては大きいもので、厚手の外套などに取り付けられているようなものだろう。
 黄金色の平らな枠の中心に、鏡のように艶めく透明な飾りがはめ込まれている。
 この廃墟に落ちているにしては……

「新しいものだね。汚れも少ないし、最近落ちたものみたいだ」

「足跡があった」
 ぽつり、と呟くような声量でアプフェルは淡白に答える。
「リタのじゃねえの?」と怪訝そうなリオンに「ちがう」と一言。

「なんで言い切れんだよ」
「ちがうから」
「なんだよ、それ」
 ふたりの問答を耳に入れながら、ボタンをよくよく眺める。
 少しだけ付着した汚れを袖で拭うと、それは光沢を持ち、僕の姿を少し歪んで映し出す。
 僕の愛用しているマフラーとヘアバンドの赤が、よく反射した。
 しげしげとボタンを調べる度に、僕自身の姿がちらちらと映し出されて、ふと気付く。普段は毛先の白い髪だが、今は真っ黒になっているようにも見えた。きっと、黒い雪のせいだろう。
 ボタンそのものに、特に変わったところはない。女の子が好みそうな、シンプルで綺麗なデザインだというだけだった。
 綺麗な飾りも、よくよく見れば、丁寧に磨かれた、ただのガラス玉のようだ。
 なるほど、ひとつわかったことはある。

「これは売ってもお金にならないと思うよ。かわいいボタンだとは思うけれどもね」

 僕の導き出した答えに、リオンがプフ、と吹き出したのが見えた。
 不服そうに口を尖らせるアプフェルに、受け取ったボタンを返してやると、
 価値はないと知りつつも、一応は持ち帰るようで、彼女はそれをポケットにしまい込んでいた。
 周囲には相変わらず黒い雪が降り続いている。
 彼女の言葉が本当ならば、引っかかるものは勿論ある。
 僕らの知らない誰かが、この場所を通ったということだ。それも、雪で足跡が消えないうちに。
 廃墟荒らしや盗賊の類ならば面倒だが、あの可愛らしく無価値なボタンからはそんな気がしない。決め付けるのは早計かもしれないけれども。
 どちらにせよ、アプフェルが見つけたという足跡がまだ残っているのなら、辿っていけばきっと追いつけるはずだ。

「そういや、リタのやつはどこにいったんだ?」
 僕がアプフェルに足跡の在り処をたずねる前に、リオンが問いを口にする。
 それもそうだ。僕ら調査隊第三班の五人のうち、僕と、リオンと、アプフェルと……うちひとりはここには来ていないことは全員が把握済みだが、
 もうひとり、アプフェルと共に行動していたはずのリタの姿は見当たらない。
 変わらず無表情をつとめるアプフェルだが、一瞬だけ眉が上がったようにも見える。
 彼女は首を傾げて、考えるようなそぶりを見せた後、ややあって口を開いた。

「行っちゃった」

 どこに?
 彼女は身振り手振りを交えて詳細を説明しようとしている。「そこに、あって」と地面を指差し、「あっち」と道の先を指差し、「だから、」と。口下手なものだ。
 彼女の説明を待つよりも、本人に確認したほうが早いかもしれない。そう思って僕が外套に身に着けたそれに手をかけようとした途端、
 その”魔導通信機”は触れるより先に起動し、青白く発光する術式が浮かび上がったのだ。


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